授業の概要:
1946年東京の1人当たりカロリー摂取量はわずかに1352kカロリーであったという記録があります。ほんの70年前の日本は、世界において最も貧しい国の一つであったわけです。その後,日本やアジアの国々は現在の低所得発展途上国と同様に、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの融資を受けながら急速な発展を遂げました。我々が果たし得る重要な役割は、日本そしてアジア諸国の経済発展・貧困削減の経験を体系化し・生かしてゆくことでしょう。
「開発経済I」講義は、発展途上国の経済を実証的・政策的・実践的に論ずる経済学の一分野、「開発経済学」の入門講義です。開発経済学と一言で表わしても、その内容はある低所得国の経済成長や開発援助・国際的な資金移動を議論するマクロ経済学的な分析から、とある村落に居住する特定の農民の生活を分析する非常にミクロ的な議論まで多種多様です。経済学の立場から言えば、マクロ経済学・ミクロ経済学を基本として国際金融論・国際貿易論・農業経済学・ゲームの理論・リスクと情報の議論・産業組織論・都市経済学等すべての分野の理論的成果を踏まえているといっても過言ではありません。さらには、理論的な帰結を検証するための標本調査・データ収集(フィールドワーク)・そのデータを用いた計量経済学的分析が集約的に行われてきた分野でもあり、計量経済学は不可欠です。
最近では、開発政策の効果を正確に計測するための無作為化比較試験 (RCT)手法を用いた政策評価が盛んとなっており、政策と研究が有機的に統合するという「開発経済学の革命」が起こっています。2019年のノーベル経済学賞は、この「開発経済学の革命」の立役者であるアビジット・バネルジー教授、エスター・デュフロ教授、マイケル・クレマー教授に授与されました。また、グラミン銀行とムハマド・ユヌス教授がノーベル平和賞を受賞して一躍有名になったマイクロファイナンスのメカニズムなどに注目し、その参加者を主な対象とした経済実験、「フィールド実験」も近年、活発に行われており、実験経済学の一つの核になっています。さらに、コロナ禍において、衛星画像・携帯電話の基地局通信履歴 (CDR)や行政・民間企業業務データなどいわゆる「ビッグデータ」を用いた研究や政策設計も盛んになってきました。つまり、開発経済学を学習するためには経済学のすべての分野をある程度理解する必要があるということになります。「経済発展のための処方性を提供する」という現実の極めて政策的な要請にもかかわらず、開発経済学の学習はそもそも非常に困難であり、多大な努力を必要とするといえるかもしれません。
本講義では、特にアジア太平洋地域を中心の対象としつつ、開発経済学の標準的トピック・先端的トピックを段階的に扱うことによって、この様な実践的な分野に足を踏み入れる手助けとなる講義を目指しています。