「神秘主義(mysticism, mystique, Mystik)」は、19世紀末から20世紀半ばにかけて、「宗教の本質への問い」と直結する特別な主題とみなされ、数多くの学者や思想家たちを惹きつけてきた。ところが、とりわけ1980年代以降の宗教研究において、近代的な神秘主義理解の偏りや政治性が鋭く問いなおされるなか、神秘主義はかつてそれが放っていたような思想的魅力を失っていった。他方、近代主義を超えた知のありかたを模索する人文学の展開は、神秘主義の新たな思想的可能性を見出すことを促してもいる。「神秘主義の語りなおし」のためにまず要請されるのは、「神秘」なるものをめぐるさまざまな思想や実践の展開を歴史のなかに探ること、なかんずく神秘の「経験」をめぐるテクストに沈潜し、そこに息衝く別様の知を掬いあげることである。
以上の見通しのもと、本講義では、現代における神秘主義研究の基本的前提と重要論点を確認しながら、古代ギリシア・ローマ世界から中世ラテン・キリスト教世界に至るまでの西洋における「神秘」という言葉の来歴、この言葉をめぐる思想・実践(後世に「神秘思想」「神秘主義」と呼ばれる)の諸相を概観する。