「神秘主義(mysticism, mystique, Mystik)」は、19世紀末から20世紀半ばにかけて、「宗教の本質への問い」と直結する特別な主題とみなされ、数多くの学者や思想家たちを惹きつけてきた。現代宗教研究においては、しかし、従来の理解に潜むさまざまな問題点が指摘され、神秘主義はかつて放っていた魅力を失ったと見る向きもある。だが、近代主義を超えた知のありかたを模索する人文学の展開は、神秘主義に新たなまなざしを向けること、あるいはそこから新たな宗教理解を探ることを促している。「神秘主義の語りなおし」のためにまず要請されるのは、「神秘」なるものをめぐるさまざまな思想や実践の展開を歴史のなかに探ること、なかんずく神秘の「経験」をめぐるテクストに沈潜し、そこに息衝く別様の知を掬いあげることである。
以上の見通しのもと、本講義では、現代的な神秘主義研究の前提と課題を踏まえた上で、「神秘主義」が歴史的思潮として成立展開したラテン・ヨーロッパの宗教史・思想史を概観する。12世紀の修道院神学における経験知から説き起こし、神秘の語りがひとつの知的領域を形成して実名詞としての「神秘主義(la mystique)」が初めて登場する17世紀フランスまでの展開を追う。