18世紀の西洋は近代社会の枠組みを形作る知識や世界観が発展する上で重要な時代として知られる。また、この時代はとりわけ欧州において数多くの百科事典が作られた時代でもある。百科事典は当時の欧州の人の教育観や科学観を伝えると共に、植民地侵略が本格化する前の18世紀において、世界の諸地域について彼ら彼女らののまなざしがいかに形作られていたのかを物語る。
このゼミでは、歴史史料として前年に続きフランスのディドロ、ダランベールによる『百科全書』(Encyclopédie, 1751-1772)を扱う。『百科全書』は周知の通り現代の大型事典やオンライン事典等のルーツともいえる代表的な書物であるが、教育制度も含めた当時の宗教・政治体制一般への異議申し立ての意図を含んだ闘争的かつ革新的な書物としても知られる。
また、今年は同書の企画を生んだ英国の事典、チェンバースの『サイクロペディア』(Cyclopaedia, 1728-1751)にも視野を広げる。同書は『百科全書』ほどは明確な思想性が指摘されてはいないが、画期的であったことには変わりない。
だが、これらの書物は画期的であると同時に、今日からすると保守的であったり、差別的であるような思想も内包している。とりわけ、「脱植民地主義的歴史」(histoire décoloniale)の視点による分析では、両書が19世紀以降の近代的人権思想を用意する一方で、科学的人種差別の萌芽的状態を記録した史料として扱われることもある。
受講生は本ゼミを通じて、初期近代における教育観、科学観、それらが位置付けられていた当時の人々の世界観の概要を理解した上で、「脱植民地主義化」の視点を意識しつつ、研究の中で歴史資料を分析・考察するにあたり留意すべき事項を学ぶことが出来るであろう。