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最終更新日:2026年10月16日
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ことばと文学Ⅲ
日本近代文学と口絵・挿絵―文学の圏域―
日本の近代文学は、現在ではほぼ例外なくテキスト―言葉―のみの状態で読まれている。しかし、実際には江戸時代の文芸の姿を継ぎ、口絵や挿絵といった図像とともに発表され、その形で享受されることが多かった。そして、それらの絵画は、脱稿した文学作品を画家が読み、創意を凝らして自由かつ主体的に描くのではなく、逆に作者からの指示を受け、そのとおりに描くのが江戸時代以来の慣例だったのである。すなわち、坪内逍遙・尾崎紅葉・幸田露伴・樋口一葉・島崎藤村・泉鏡花・田山花袋・夏目漱石といった近代前期を代表する作家たちは、みな自作に入る絵に指示を出していたのだった。しかもこの制作慣習は、個々の作家・画家の事情や作品のジャンルによっては、昭和初期まで続いていたことがわかっている。
これはすなわち、そうした作家たちにとっての「文学作品」とは、けっしてテキストだけで構成されるわけではなく、みずから指示した絵と文章とが一体になった形のものにほかならなかったことを意味している。もちろん、作家たちのこうした制作慣習に対する態度は様々だった。特に工夫なく、物語の一部を順当に描くよう指示した作家もいれば、そうした慣習自体に反発し、絵への指示を強く拒否した作家もいる。しかし、なかには文章と絵とが支えあうコラボレーションを試みた作家もおり、そうした場合、当の絵を見ず文章だけを読むのでは、作家の目指したところを理解するのは不可能である。
一方、こうした江戸以来の慣習が近代出版に組込まれたことで、様々な問題も引き起された。特に、起筆前のような早い段階での指示が求められたため、執筆中に構想が変るなどして、本文と絵が食違うことは大きな問題であった。しかし、これも現代の文学研究の視点からすれば、絵のなかに作品の原構想が保存されているということであり、作品理解の重要な手がかりとなる。
この授業では、以上のような観点から、主として明治中期から大正期にかけての文学作品に附された口絵や挿絵を取り上げ、小説の解釈と分析、図像分析、出版と印刷の状況などを概説する。特に、森鴎外「文づかひ」・樋口一葉「十三夜」・尾崎紅葉「多情多恨」「金色夜叉」・泉鏡花「高野聖」・田山花袋「蒲団」といった有名作品を題材として、絵画を手がかりにその読解を再検討することを試みる。これにより、日本近代文学というジャンルの圏域をより広い視野から捉えなおすべく、小説の解釈と図像分析を組み合わせて分析する方法の可能性、および単行本・絵入り新聞・文芸雑誌などのメディアとの関わりによって文学に開かれる視野を示し、最終的には明治の文芸文化のさらなる解明につなげる講義としたい。
可能であれば、講義の最後では、旧著作権法の整備過程にまつわる法制史的問題と、現代の知的財産法の問題にふれ、文学と絵画から見る制作者の権利のあり方についての講義も盛り込みたい。
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