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最終更新日:2026年10月16日
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歴史と文化
嗷訴の世界
嗷訴(強訴)とは、古代末から中世にかけて大寺社の僧侶や神職が、宗教的権威を背景に朝廷や幕府にたいしてとったひとつの訴訟形態をいう。院政期には白河上皇が天下三不如意のひとつとして延暦寺の嗷訴(山法師)を嘆いたことはよく知られているが、15世紀になると下火になり、16世紀にはほとんどおこなわれなくなる。嗷訴は神仏みずからがおこした訴訟(神訴)と理解されていたため、朝廷や幕府などの俗権力は、嗷訴がおこされたばあい、理非の判断をせず、無条件に寺社の要求を呑むのが暗黙のルールとされた。嗷訴がしばしば理を尽くさない訴訟という意味で「理不尽の訴訟」とよばれた所以である。とすれば、その縮小と消滅は、神仏の権威の低下、呪術性からの解放という大きな歴史的転換とも無関係ではなかったであろう。また嗷訴は、武力衝突をともない、死傷者も出す深刻な事件でありながら、他方では儀礼化し、嗷訴する宗教勢力側とそれを迎える俗権力側とが同一の台本に沿って演じるある種の演劇と化していた一面もある。この劇場性は、前近代社会において「政治」とは何かを考えるさいにも重要な観点となろう。本授業では嗷訴の発生から消滅までの歴史をたどりながら、その宗教的、法制史的、政治的意義等々を探っていきたい。
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