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最終更新日:2026年10月16日
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表象文化論
『アンナ』をめぐって
フランスで1966年に制作されたTVフィルム『アンナ』を取り上げ、ひとつの作品にセメスタひとつをまるごと費やしてどれぐらいのことを考えられるのか、道なかばで斃れるリスクは多分にあるが、表象文化論の実践/実験(のありうべきひとつのかたち)というつもりで授業をおこなってみたい。ただ、作品内容の把握——本当をいうと、これがけっこう自明ではないのだが——からいわゆる内在的な分析へ進もうとすれば、結局、さまざまな外在的要素を考慮することは避けがたく(両者を切り分けることなどもとよりできないので)、実際、授業のなかでは、同時代の映像作品(とりわけゴダールの諸作品、アントニオーニ『欲望』、クライン『ポリー・マグーお前は誰だ』)、社会・思想的な文脈(とりわけギィ・ドゥボール『スペクタクルの社会』)、しかしまた文学史的なレフェランス(とりわけ17世紀の大説教家ボシュエの説教、また、それを経由した「放蕩息子の帰還」という聖書的モティーフ)に言及することになろうし、もう少しプロソポグラフィックには主演を務めるアンナ・カリーナ、また、助演とともにサウンドトラックを担当したセルジュ・ゲンズブールらのキャリアを振り返らねばならない。つまるところ、脱線と飛躍の連続になるにちがいなくて、その点、あらかじめご海容を乞う。
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