大学院
HOME 大学院 生命環境科学特別講義II
学内のオンライン授業の情報漏洩防止のため,URLやアカウント、教室の記載は削除しております。
最終更新日:2025年4月21日

授業計画や教室は変更となる可能性があるため、必ずUTASで最新の情報を確認して下さい。
UTASにアクセスできない方は、担当教員または部局教務へお問い合わせ下さい。

生命環境科学特別講義II

「モデル生物」を再定義する 〜線虫C. エレガンスを用いた「small RNA worldの発見(2024ノーベル生理学・医学賞受賞研究;下参照)」、「老化遺伝子の解明」、「全脳活動の計測・数理モデル化・コネクトームとの対応」を参考として〜 Redefining “Model Organisms” — Exploring the Discovery of the Small RNA World (2024 Nobel Prize in Physiology or Medicine; see below), the Genetics of Aging, and Whole-Brain Activity Measurement, Mathematical Modeling, and Connectomics Using C. elegans as a Case Study —
これまでの生物学・基礎生命科学研究の発展には、「モデル生物」が非常に重要な役割を果たしてきた。モデル生物とは、「大腸菌で正しいことは象でも正しい」という言葉に代表される生命現象制御メカニズムの普遍性を前提として、多くの研究者がさまざまな角度から集中的(および協力的または競争的)に研究するために選ばれた生物種である。これまでに、ファージ・大腸菌・ウニ・カエル・出芽酵母・線虫C. エレガンス・ショウジョウバエ・ゼブラフィッシュ・マウス・ラット・アカゲザル・シロイヌナズナ等が選ばれてきた。

しかし、これらの中には現在はほとんど研究対象として用いられていない生物種も存在する。また、過度に「モデル生物」に集中した研究の弊害も明らかになりつつある。(例えば、実験用ハツカネズミは野生のハツカネズミよりも遥かに飼育しやすいが、これは室内で「貴族的」に振る舞うように選択圧が掛けられた結果である可能性が高い。)

全ゲノム解析やゲノム編集、さらには細胞単位でのRNA発現解析が容易に行われるようになった現在において、何十年も前に選ばれた「モデル生物」を研究し続ける意味は存在するのであろうか?

本講義では、モデル動物の"Big Four"の1つとして知られる線虫C. エレガンスを主な題材として、「なぜモデル生物として選ばれたか?」「その結果として何がなされたか?」「最先端の現場では何が行われているか?」「未来の研究のためには何が必要か?」について、講師・木村が関与した「老化」や「microRNA」に関わる遺伝学的解析および「刺激〜神経活動〜行動」の多次元計測とその解析を中心として整理する(詳細は、下記「その他」参照)。

その上で、上記の知見および受講者からの研究提案とそれに対する議論などを介して、「モデル生物」の意義や可能性を現在の生命科学研究の視点から問い直す。これらの活動の結果として、将来において受講者自身が独創的かつ本質的な生命科学の研究対象や研究手法を選択するための手掛かりを獲得することを、本授業の目標とする。

本授業は集中講義であり、開講時期は8/6(水)〜8(金)の3日間(2限〜5限)、授業は10:30 ~ 18:00を予定してる(終了時間は前後する可能性がある)。

The concept of "model organisms" has played a crucial role in the advancement of biological and life sciences research. Traditionally, model organisms have been selected based on the assumption that fundamental biological mechanisms are universal, allowing concentrated research efforts across various disciplines. Examples include bacteriophages, E. coli, sea urchins, frogs, yeast, C. elegans, fruit flies, zebrafish, mice, rats, macaques, and Arabidopsis thaliana.

However, some of these organisms are now rarely used in research, and concerns have emerged regarding the limitations of relying too heavily on a small set of model species. Advances in genome sequencing, gene editing, and single-cell RNA analysis now allow researchers to explore a broader range of organisms, prompting the question: Does it still make sense to study model organisms chosen decades ago?

This course will use the nematode C. elegans, one of the “Big Four” model animals, as a focal point to examine key questions: Why was it selected as a model organism? What scientific discoveries have resulted from its use? What cutting-edge research is being conducted today? And what is needed for the future of biological research? Discussions will center on the instructor’s work in genetics related to aging and microRNAs, as well as multi-dimensional analyses of neuronal activity and behavior.

Through lectures, discussions, and student research proposals, this course will encourage a critical reassessment of the role of model organisms in modern life sciences. The goal is to provide students with insights that will help them make independent and innovative choices in their future research.

Course Format: Intensive three-day course (August 6–8), covering periods 2–5 each day.
MIMA Search
時間割/共通科目コード
コース名
教員
学期
時限
31M281-1021S
GAS-LS6F02L1
生命環境科学特別講義II
木村 幸太郎
S1 S2
集中
マイリストに追加
マイリストから削除
講義使用言語
日本語
単位
2
実務経験のある教員による授業科目
NO
他学部履修
開講所属
総合文化研究科
授業計画
1. 順遺伝学とは何か?—microRNA 2. メンデルの法則とその拡張 3. がんとmicroRNA 4. 老化の分子遺伝学的解析 5. 分子遺伝学的解析と発生 6. 遺伝子地図の作成/GWAS 7. 脳機能研究の考え方 8. 記憶と学習 9. 感覚応答行動の定量的解析の基本 10. 匂い刺激の定量とモデル化/行動との関連 11. 感覚ニューロン活動の漏れ積分によるモデル化と遺伝子基盤 12. 三次元画像解析による全脳活動計測 13. 全脳神経活動のデータ駆動型モデル化/構造的神経回路との対応/モデルの検証 14. グループワーク「新たな生命科学研究対象と研究手法」 15. 総合討論
授業の方法
講義を基本とするが、適宜ディスカッションやグループワークを行う。
成績評価方法
授業参加 30%、授業中の発言 20%、レポート 50%の予定
教科書
特になし
参考書
遺伝学的解析に関しては、以下を参考図書とする 「ハートウェル遺伝学」菊池韶彦監訳 メディカル・サイエンス・インターナショナル
履修上の注意
細胞生物学または分子生物学に関する大学学部レベルの授業を1コース(15コマ分)は受講していることを前提として授業を進める。
その他
授業内容 C. エレガンスは「個体発生や神経機能の根本的な問題を分子生物学的手法で解析するためのモデル動物」として、1960年代中ごろに英国Sydney Brenner博士によって選ばれた。当時は「DNAの二重らせん構造」や「転写・翻訳のメカニズム」などの一連の古典的分子生物学的発見が大腸菌を中心とした研究からなされたばかりであり、個体発生や神経機能は"too biological"であるために分子生物学的手法によって解析することは無理であると考えられていた。 しかしBrenner博士はその慧眼とカリスマ性によって、C. エレガンスを用いて個体発生や神経機能のさまざまな問題を解明する研究者の世界的なコミュニティを産みだすことに成功した。本講義の第1部(前半)では、個体発生研究から派生した「"small RNA world"の発見」と「老化遺伝子の解明」に関して、また第2部(後半)では様々な先端的解析技術が開発および適用されている神経機能研究に関して述べる。 一連の授業の最後には受講生によるグループワーク→発表および議論を行うことで、「新たな生命科学研究対象と研究手法」に関して考える。 第1部:遺伝学的解析による「"small RNA world"の発見」と「老化遺伝子の解明」 遺伝とは、生命活動を次世代に伝え広く繁殖するための必須のメカニズムであり、19世紀から研究が行われてきた。しかし、それは遺伝学(および遺伝学的手法)が古くさい過去の遺物であることを意味しない。先端的な多くのオミクス解析はゲノムDNAやRNAといった遺伝装置に関してであり、また順遺伝学的解析は新たな生命現象に関わる遺伝子を網羅的に発見するための極めて重要なツールであり続けている(以下のURL参照)。 http://blogs.nature.com/***** 第1部では、C. エレガンスを対象とした古典的な遺伝学的解析から全く新たに発見された"small RNA world"および老化遺伝子群に関して解説する。具体的には、基本的遺伝メカニズムの理解から始め、古典遺伝学から分子遺伝学への変遷、幾つかのモデル生物を用いた研究の成果に関して学んだ上で、遺伝学的手法や他の手法を比較し、それぞれの長所や短所を理解する。 (なお、2024年のノーベル生理学・医学賞は米国のVictor Ambros博士とGary Ruvkun博士によるmicroRNAの発見に対して授与されたが、講師の木村はRuvkun博士の研究室でmicroRNA研究が爆発的発展にいたる過程を間近に見てきた。本講義の第1部では、そのワクワクドキドキ感をお伝えしたい。) 第2部:統合的解析による「神経細胞活動の計測とモデル化」 神経科学研究におけるC. エレガンスの最大の特徴は、1986年に報告された「全神経細胞回路網(コネクトーム)の解明」である。さらに、C. エレガンスは「小ささ(成虫で全長 1mm程度)」「体の透明性」「遺伝子導入の容易さ」によって、「小動物の刺激と行動の関連に関する定量的解析 (1999)」「遺伝子コード型カルシウムセンサーによるin vivoでの神経機能計測 (2000)」「光遺伝学による神経活動制御 (2007)」「構造的神経回路と機能的神経回路の完全解明 (2020)」など、その時代ごとの最先端の神経科学研究手法が個体レベルで最初に適用される対象となっている。 もちろん技術の適用だけでなく、「匂い受容体」「機械刺激受容体」「軸索ガイダンス分子」「小胞GABA輸送体」など重要な遺伝子の同定や、「hub-and-spokeによる神経回路の機能制御」「行動のランダム性の発生器」といった神経回路機能に関する重要な発見が、先端的技術や遺伝学的手法を用いた解析によって成されている。 第2部では講師・木村自身が行ってきた以下の研究に関して解説する。 (1)「知覚意思決定のための分子メカニズム」(キーワード:匂い刺激の定量、ロボット顕微鏡の開発、漏れ積分など) (2)「構造的神経回路と機能的神経回路の関連の解明」(キーワード:高速三次元カルシウムイメージング、深層学習による細胞追跡、多色蛍光による細胞同定、データ駆動型脳活動モデルなど) 「シンプルな脳における構造と機能の関連の解明」に最も適したC. エレガンス研究の最先端を紹介することによって、脳機能研究の将来を考えるきっかけとしたい。