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最終更新日:2025年10月17日
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外国語としての日本語教育II
proficiency, dexterityを超えた話し言葉評価
近年の言語教育分野においては、言語について「知っている」ことより「できる」ことを重視する、という言語観から、いわゆるペーパーテストではなく、実際の言語運用(パフォーマンス)を直接評価しようとする各種ツールやテストが開発されています。書き言葉と比較し、話し言葉の評価はやや困難でしたが、最近は話し言葉(とくにやり取り)を評価するツール・テストも多数開発・提案されるようになっています。
しかしながら、話し言葉が「できる」とはどういうことなのでしょうか。言語の規則にかなった文を生成し、音声として発声できればいいのでしょうか。何らかの目的・機能が達成できていれば、それでよいのでしょうか。また、母語話者が暗黙のうちに準拠している社会文化的規範を理解し、その規範に沿った言語運用ができることがいいことなのでしょうか。
私たちは、言語を使って「新しいもの」を生成しています。生成されるものとは、人間同士の信頼関係であったり、多くの人がそれなりに合意できるアイディアであったり、社会を円滑に運営していくための新しい約束事であったりします。対面での言語のやり取りによってそうした「新しいもの」を作り上げていくためには、従来の言語教育で重視されていたproficiency(言語としての熟達度)やdexterity(巧みさ)といった概念の範囲を超えて「できること」の意味を再考していく必要があるでしょう。その際、言語活動に参加するメンバーが何に「価値」を認めているか、各人がどのような「価値観」の体系を持っているか、という観点は避けて通ることができません。そうすると、「誰が評価しても同じ結果になるべき」という言説自体を疑ってみることが大切になることでしょう。
この授業では、参加者同士のディスカション等に基づき、各人が話し言葉を評価する際に準拠している価値観の相違を明確にしていくとともに、そうした価値観の相違を超えて「新しいもの」を生成していくために何が必要となるか、ということについて考察をしていきます。
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