本講義は、大学院農学生命科学研究科の応用生命工学専攻とアグロバイオテクノロジー研究センターの10人の教員が担当する。初回と第二回の講義では、勝山が微生物とそれを用いたバイオテクノロジーの基礎を説明するとともに、バイオテクノロジーに必要不可欠な技術である遺伝子組換え技術と分子生物学の基礎について簡単に紹介する。第3回以降は、各教員が以下の講義を行う。
『アミノ酸発酵にみる微生物代謝:応用から理解へ』
微生物を利用したアミノ酸発酵は、わが国において発展した代表的な微生物利用産業の一つであり、微生物バイオテクノロジーにおける「モノづくり」の重要な基盤となってきた。アミノ酸はタンパク質合成の基本単位であり、代謝の中心的な分岐点となるため、その生産量は厳密に制御されている。したがって微生物にアミノ酸を高生産させるためには、代謝経路に加えて酵素活性調節や代謝制御機構の理解が不可欠となる。本講義では、アミノ酸発酵の歴史と意義を概観し、微生物におけるアミノ酸生合成経路の制御機構と生合成戦略の多様性を紹介する。さらに、代謝経路の多様性と進化との関係を概説し、微生物代謝の理解が微生物バイオテクノロジーにおいて果たす意義を整理する。
『モデル生物としての細胞性粘菌』『モデル真核微生物を用いた細胞機能の分子機構解析』
粘菌は森の下生えや朽ち木などに生息する真核微生物である。そのうち細胞性粘菌は、その増殖期単細胞アメーバが、高等動物の培養細胞や白血球と構造も挙動も酷似しているため、細胞質分裂、細胞遊走、貪食作用、飲作用などの細胞運動現象を研究するためのモデル生物としてその分子レベルでの解明に貢献してきた。1回目の講義では、細胞性粘菌の生活環、真性粘菌との比較、細胞運動現象の概要、ゲノムなど生物としての特性とモデルとしての利点について解説し、2回目の講義では、細胞機能を分子レベルで理解するために必要な遺伝学、分子生物学の基礎知識と解析手法について酵母と細胞性粘菌を例にとって解説した上で、創薬、産業への応用を目指した細胞性粘菌による細胞質分裂と飲作用の最新の解析について、動画を多く用いて解説する。
『環境汚染物質を分解する細菌』
化学物質は私たちの生活を豊かにしてくれる一方で、環境中への漏出や残留は大きな社会問題を引き起こす。汚染された環境を浄化する手法の一つに、生物が持つ化学物質の分解・蓄積能力を利用して土壌や地下水等の汚染を除去する方法(バイオレメディエーション)がある。バイオレメディエーションに利用される分解菌は、汚染物質をエサとして生育するという、私たち人間にはとても真似できないような能力を持つ。本講義では原油成分や農薬を分解する細菌の例を紹介し、分解菌を環境試料から取得する方法や分解のメカニズムについて解説するとともに、最新の研究成果についても紹介する。
『放線菌の二次代謝産物の生合成の理解と利用』
放線菌の生産する二次代謝産物は1900年代中盤ごろから重要な医薬品資源として注目されてきた。抗寄生虫薬であるイベルメクチンの実用化により北里大学の大村智先生が受賞されたことは有名な話である。これ以外にも放線菌からは抗生物質 (バンコマイシン)、抗がん剤 (ドキソルビシン)、免疫抑制剤 (タクロリムス) など様々な医薬品となる化合物が見つかっている。このように様々な生物活性物質を放線菌が獲得したことは驚きに値する。本講義では微生物の生産する二次代謝産物を人類が利用してきた歴史を簡単にまとめ、放線菌がこれらの二次代謝産物をどのように生産しているか紹介する。また、ポストゲノム時代における新たな生物活性物質の探索やゲノム編集など、新興のバイオテクノロジー技術を利用したものつくりの方法論を概説する。
『微生物が持つ多彩な酵素の構造と機能』
放線菌などの微生物は、多種多様な酵素を代謝反応に用いており、物質生産にも応用できる有用酵素の宝庫である。酵素の立体構造を決定することは、その機能を理解するために重要である。これまでに多くの酵素の立体構造が決定され、様々な生体代謝反応や生命現象のメカニズム解明に貢献してきた。また、立体構造解析は産業界においても有用な技術であり、タンパク質工学による産業用酵素の機能改良などに利用されている。本講義では、放線菌の二次代謝に関わる酵素などを例にとり、酵素の構造解析について解説するとともに、最新の研究成果についても紹介する。
『計算化学を用いた生合成の反応機構解析』
多様な天然物の骨格は、酵素が触媒する反応によって「緻密に」「正確に」「短時間で」「効率的に」生合成される。化学反応における遷移状態は、分子変換における各中間体を点から線として結び、反応機構を理解するための極めて重要な情報を与える。しかし、遷移状態や短寿命不安定中間体を実験科学的手法によって直接「見る・捕捉する」ことは容易ではなく、このことが生合成反応機構の解明を困難なものとしている。こうした課題を克服するため、近年では計算化学的手法が広く用いられている。計算化学は、遷移状態や不安定中間体を理論的に「見る・評価する」ことを可能にする。本講義では、実験的に解析が困難な生体内の化学現象を予測・理解するポテンシャルを秘めた計算化学的手法について、実際の研究例を交えながら紹介する。
『多様な酵母の能力とその応用』
酵母は、カビやキノコと同様に真菌類に属するが、生活環の主な期間を単細胞の形態で過ごす真核微生物である。酵母の中でも、特にSaccharomyces cerevisiaeとその近縁種はパン作りやお酒の醸造を通して古くから人類に利用されてきた。一方で、酵母には2000を超える種が報告されおり、それらには醤油・味噌の醸造や酵母エキスなどに利用されている酵母、タンパク質や油脂を高生産する酵母、界面活性剤を生産する酵母のように、食品、健康補助食品、化粧品、化成品製造など様々な分野で利用できる能力を持つ酵母が存在する。本講義では、多様な酵母の持つ能力と、それらがどのように応用されているか、どのような応用の可能性があるかを紹介する。
『私たちの生活における糸状菌(カビ)の大きな力』
糸状菌(カビ)には極めて多様な種が存在しているが、私たちがよく目にするのは放置した食品に生育している場面であり、カビに良いイメージを持つ人は少ない。しかし、糸状菌の中には酒、味噌、醤油、チーズ等の発酵食品や様々な医薬品の製造などに利用される種も存在し、私たちの生活を支える重要な微生物でもある。そこで本講義では、糸状菌の基本的な形態や生活環(胞子が発芽して菌糸生⻑し最終的に胞子形成器官を作るまでの糸状菌の一生)を紹介するとともに、人間の生活・産業と密接な繋がりを持つ数種の有用な糸状菌に焦点をあて、それぞれの形態や生活環の違いなどの基本的な知識、および、人間が生活してゆく上でそれらがどのように利用されているかについても概説する。また、糸状菌における最新の研究についても紹介する。
『バクテリアがつくる微細都市: 目に見えない生物が生み出すチームワークとその機能』
我々の目には見えない小さな生物、バクテリアは、人類の登場する遥か以前から地球上のあらゆる環境に適応し、生育圏を拡大してきた。こうしたバクテリアも、人類と同じく、しばしば集まってコミュニティを形成し、都市のような構造の中で生きている。コミュニティを形成したバクテリアは、高い薬剤耐性や特殊な代謝様式など、単独での生育時には見られない特異な性質を示す。本講義では、バクテリアがつくる微細都市の内部ではどのような分業制が行われており、そしてそれが都市全体としてどんな機能・利益をもたらすのかについて、次世代シーケンサーや顕微鏡ライブ観察を用いて解析した研究例を紹介する。
『バイオテクノロジーを利用したタンパク質生産の技術』
今日、食品用、洗剤用、医薬品用など様々なタンパク質・酵素が、遺伝子組換え技術を用いるなどして微生物を宿主として生産されている。そのうち医薬品用としての最も初期の成功例は大腸菌を用いたヒトインスリンの生産であるが、その技術は様々な改良・発展を経て現在のCOVID-19ワクチンの製造にも応用されている。組換えタンパク質を生産するには適切な発現システムや宿主細胞を選択した上で、転写、翻訳、修飾、高次構造形成、輸送などの各段階が効率的に行われなければならないが、スピード、コスト、生産量、品質など、すべての点で最良と言えるシステムは存在せず、各々の手法には固有のメリット、デメリットが存在する。本講義では現在利用されているタンパク質生産の手法についてその概略を説明したのち、課題やその解決法について議論する。
4月10日 第1回 勝山 「イントロダクション」
4月17日 第2回 勝山 「イントロダクション2」
4月24日 第3回 吉田彩子『アミノ酸発酵にみる微生物代謝:応用から理解へ』
5月1,8日 第4,5回 足立博之『モデル生物としての細胞性粘菌』『モデル真核微生物を用いた細胞機能の分子機構解析』
5月22日 第6回 水口千穂『環境汚染物質を分解する細菌』
5月29日 第7回 勝山陽平『放線菌の二次代謝産物の生合成の理解と利用』
6月05日 第8回 宮永顕正『微生物が持つ多彩な酵素の構造と機能』
6月12日 第9回 佐藤玄『計算化学を用いた生合成の反応機構解析』
6月19日 第10回 福田良一『多様な酵母の能力とその応用』
6月26日 第11回 岩間亮『私たちの生活における糸状菌(カビ)の大きな力』
7月03日 第12回 納庄一樹『バクテリアがつくる微細都市: 目に見えない生物が生み出すチームワークとその機能』
7月10日 第13回 有岡学『バイオテクノロジーを利用したタンパク質生産の技術』