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最終更新日:2026年10月16日
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批評理論
批評の理論から理論の批評へ
批評理論については、テリー・イーグルトン『文学とは何かーー批評理論への招待』(大橋洋一訳、岩波文庫、原著"Literary Theory: An Introduction"は1983年刊)以来、様々な言語で、100頁に満たない入門書から1000頁を超えるアンソロジーに至るまで、無数の書物が出版されている。近年も小倉孝誠編『批評理論を学ぶ人のために』(世界思想社、2023年)のような、良質の入門書が現れている。本授業のように、「批評理論」という名前の授業が大学の前期課程で存在を許されていること自体、批評理論がアカデミアの一角を構成する要素として公認されたことの証左である。
にもかかわらず、といより、それゆえに、と言うべきだろう。批評理論に対し、例えば上述のイーグルトンの翻訳が洛陽の紙価を高め、筒井康隆がその影響を受けて『文学部唯野教授』という奇妙な小説を発表し、当時は高校生であった本授業の講師がなぜか世界史の授業中に教師からこの小説がいかに面白いか熱弁されるといったこと(それは日本各地で普通に見られた現象であろう)をお話しても、今や古老が語るお伽噺のようにしか思われぬのではなかろうか。
批評理論は、アカデミアに受け容れられる中で、人を惑わせ熱中させるような毒を抜かれてしまった。それを象徴するのが、英語圏の批評理論の入門書の中でも評判の高いものの一つであるLois Tysonの著作のタイトル、"Critical Theory Today: A User-Friendly Guide" (1999年初版、2023年第4版)であろう。ここまで開き直れば、それはそれで立派であるが、criticalであることとuser-friendlyであることとは両立可能なのか。
もっとも、毎学期大量のレポートを書かされる学生の身になってみれば、手っ取り早くtheoryを活用できればそれで十分かもしれぬ。しかし今日、そのように機械的に算出されるレポートが、生成AIに書かせたレポートを超えるユニークさを発揮できるかどうか、はなはだあやしい。
ーーというような問題意識に立って計画される本授業では、批評の理論を通時的に紹介するという恒例の手法をあえて取らず、批評性を前面に出す形式で批評理論を再導入したい。
ゆえに本授業では、既存の入門書にあるような通時的な◯◯主義の羅列はしない。
批評的な問題点に絞り、そこに関わる種々の理論的なアプローチを紐解いていき、対立するダイナミックな理論の姿を半ば確信犯的に描出していくことになるだろう。
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