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最終更新日:2026年4月20日
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市民社会・国家・教育
現代社会のポピュリズムと「リベラル忌避」の背景と構図
近年「リベラルの退潮」が注目されているが、本授業では、その背景や教育との関係について社会学的な観点を踏まえて検討することを目的とする。
リベラル的価値と教育という領域と、少なくとも次の2つの点で関連してきた。
第一に、多くの教育機関はリベラルデモクラシーの価値前提で運営されてきた。学校教育でも民主主義や寛容が(少なくとも建前としては)重視され、実際にその態度を持つ子どもたちの割合は増えてきている。さらに多くの大学では、それらの価値に関してより先鋭的な議論を学べる機会が提供されている。
第二に、教育研究の多くにおける問題構成はリベラル的な価値前提から行われてきた。これは価値中立性を装う教育社会学においても例外ではなく、格差、差別、排除、いじめ・体罰、行政的統制、権利侵害などを問題にする際には、何らかのリベラル的価値にコミットせざるを得ない。
このように考えるならば、「リベラルの退潮」は教育や研究の前提を揺るがす可能性があるが、その背景や意味、インパクトについて十分に検討されていない。
既存の研究では、リベラルに対するバックラッシュは、反知性主義やポピュリズムという点から分析や批判が行われてきた。
しかしリベラル批判の側からは、そのような態度こそがエリート主義的であり、多様性やマイノリティの権利を重視する一方で、リスクに晒されているマジョリティの生や承認を貶価するものとして映る。例えば、アメリカのトランプ政権ではDEIを推進する大学に対する苛烈な攻撃が行われているが、それを支持する心情の中にエリート批判があると指摘されている。
さらに左派の中にも、「リベラル」はアイデンティティの政治ばかり重視し、経済問題に取り組まずに新自由主義と共振したという指摘もあり、批判は単層的ではない。
以上の構図の中で、「リベラル忌避」の諸相や、それが受容される社会的背景、想定される帰結等について考えることは、教育も含めた社会の現状を読み解く上でも重要だと考える。
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