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最終更新日:2026年10月16日
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近代文学研究(2)
Annie Le Brun, Ce qui n'a pas de prixを読む
アニー・ル・ブランさんほどかっこいい人に会ったことがない。
留学中お世話になったアニーさんは、私にとってシュルレアリスト・詩人というよりも、私たちの世界を美しくなくするもの、息苦しくするものに対する鬼気迫る批判者critiqueとして(批評家という訳語は似合わない、「家」のごとき大きさは構えず、つねに一人の「者」としてアニーさんは)立っていた。"Je ne sais pas où je vais mais je sais ce que je méprise."(Sur le champ, 1967)ーー第一詩集にあるこの一文を終身貫かれた。その姿勢こそがシュルレアリスムでありポエジーなのだと教わるまでに時間はかからなかった。
ある日、今は何の本を書いているんですかと尋ねると、アニーさんは一言、"Sur la laideur"と仰った。醜さ、美しさ。むろん容姿でなく、生き方としての。醜さとはなんだ、美しさとは、この時代を生きる人間が目を瞑るべきでないものと、決して見失ってはならぬもの、双極を鋭くまなざし続けたアニーさんはもういない(一昨年、突然の訃報に……)。だからこそ、私たちはアニーさんのように生きなければ。そのための足がかりとして紐解くのは、グローバルな資本主義と結託した現代アートに対する呵責なき批判を通じてこの世のlaideurを論じたCe qui n'a pas de prix、アニー・ル・ブラン晩年の主著である。
おぞましいものを前にして打ちひしがれる。立ち上がれないようなとき……そんな時、「アニーさんならなんて言うだろう」と考えるようになった。
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