学部後期課程
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最終更新日:2024年4月22日

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数学史

Hilbert 不変式論と現代数学
19世紀末の David Hilbert による不変式論研究は、1890年の論文の有限基底定理とその証明を、「不変式論の王」と呼ばれた Paul Gordan が「これは数学ではない。神学だ」と批判したという逸話などで有名だが、実は、これについてのアカデミックな歴史研究は少ない。この講義では、Hilbert の講義録・日記などの史料も使って、Hilbert 不変式論の実際と、その「現代の数学全般への影響」について明らかにする。この不変式論史は、林が長年行ってきた「数学を中心とする社会の近代化の思想史研究」を背景とする。この思想史研究は、Hilbert不変式論の「現代の数学全般への影響」、特に「Hilbert の神学」がもたらした影響に深く関係するので講義でも言及するが、その大半は数学とは直接の関係がないため、これへの言及は、Hilbert 不変式論の近代思想史における重要な位置の解説のために必要な最小限の範囲にとどめることになる。

以上の Hilbert 不変式論史の理解が、講義の最大の目標であるが、この講義には、もう一つの二次的目標がある。数学史はポピュラー・サイエンスの人気分野の一つだが、実はポピュラー数学史の大半は誤謬である。歴史学の本質は「絶え間ざる修正」だから誤謬の存在は当然だが、数学者・哲学者により書かれることの方が多い数学史では、歴史学研究の常識を踏み外した様な誤謬も少なくない。受講者は、今後も数学史について見聞きするだろうし、その中には、数学史の話題について語り書く機会を持つ人たちもいるだろう。その際の糧となる様に、この「数学史の危うさ」について、「Hilbert の神学」を巡る米国の哲学者による最近のアカデミックな「歴史論文」の誤謬を例にして、何故間違うかという理由と、同種の誤謬を回避するための方策について理解することを第二の目標とする。
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時間割/共通科目コード
コース名
教員
学期
時限
0505069
FSC-MA4912L1
数学史
林 晋
A1 A2
集中
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講義使用言語
日本語
単位
2
実務経験のある教員による授業科目
NO
他学部履修
開講所属
理学部
授業計画
Hilbert 不変式論史の内容は、 (1) George Boole による不変式の発見から Gordan まで (2) Hilbert 不変式論: 1890年まで (3) Hilbert 不変式論: 1890年以後 (4) Hilbert後から現在まで である。 (1-2) は不変式論入門を兼ねる。不変式論は1930年代以後に、Weyl, Mumford などにより新しい展開を見たが、Hilbert不変式論史の講義なので、これは(4)で軽く触れる程度になる。その(4)では、Hilbert の不変式論が、どの様に現代代数学、特に可換環論などに成長したかを見る。1890年の「Hilbert の神学論文」は不変式論の論文の様に紹介される事が大半だが、本当は、その題名 "Ueber die Theorie der algebraischen Formen" が示すように代数形式(斉次多項式)の新理論の論文である。不変式論の話は、4つある節の最後の節になって有用な応用先として初めて現れるに過ぎない。 講義の背景である林の「数学を中心とする社会の近代化の思想史研究」については、上記の内容の適切な箇所で「話題・コラム・息抜き」の様な形で触れる。 一方で、「数学史の危うさ」については、背景研究の場合の様に、(1-4)の該当する部分で解説する方法と、(1-4)と分離して解説する方法の二つが考えられる。しかし、シラバスを書いている今の段階(3月)では、どちらが分かり易いか判断できかねている。いずれにせよ、より分かり易いと判断した方法で講義する予定である。 この「数学史の危うさ」の扱いを決めかねているために、上記の(1-4)と、各講義回の対応を示せないが、分量としては、(1):(2):(3):(4)=30%:50%:10%:10% 程度となる予定であり、また講義する順序は、(1-4)の番号順となる。
授業の方法
授業の方法 オンライン(Zoomの予定)で行う。講義資料を提示し(全資料のファイルを一度に提示する予定)、それを見てもらいながら林が説明するという従来型の講義となる。数式を多用するため、講義資料のファイル形式は、MathJax使用のHTMLファイルとなる予定。 また、史料ベースの歴史講義なので、WEBアーカイブなども使い19世紀の歴史資料の画像を多く見ることになる。しかし、WEBアーカイブの史料画像はオンラインでは必ずしも見易くはない(特にアーカイブ内の移動はレスポンスが悪いなど困難なので、予め見ておく、史料をPDF化してダウンロード/印刷などして手元に置いておく、などするとよい(リンクした史料全部を印刷すると非常に膨大になるので注意。ただし、講義で実際に使うのは小さい一部)。 また、講義する内容の量と講義時間の関係上、講義中に質問に答えることは困難なので、質問は極力、講義の各回の後にメールなどで行って欲しい。質問には、原則、全員が質問と回答にアクセスできる形式で次の回までに回答する。
成績評価方法
各回に「小レポート」を出題し、その採点結果と出席点により採点する。小レポートの問題の一部は、講義中の数学的主張を自分自身で確認して理解を深めてもらうためなどの目的のため、歴史とは関係がない純粋に数学の問題になる。
教科書
使用しない。
参考書
講義資料は、基本的には次の三つの書籍の内容を多用して作成する予定である: 1. https://www.amazon.co.jp/***** 2. https://www.amazon.co.jp/***** 3. https://www.amazon.co.jp/***** 最初のものは大変丁寧な入門的教科書、残りの二つは Hilbert 自身の講義録と論文の英訳である。 この他、Invariant theory についての書籍・資料は、PDFで無料で配布されているものなども含めて多数存在する。無料の書籍・資料の中には、有料版以上の出来栄えのものも少なくないので(一般的に言って無料版は advanced)、無料版を中心にして、これらの書籍・資料へのリンクを、UTOLなどの講義のページなどで公開する予定である。
履修上の注意
(1-2) の理解に必要な数学的予備知識としては、線形代数、1次元射影空間、偏微分の初歩程度で、学科の2,3年位までの必修科目程度の知識で十分である。(4) では現代代数学とHilbertの数学の比較を行うので抽象代数の基本知識、特に、ネーター環の概念とその有限基底定理と証明を既知とする。 この講義で扱う歴史資料の大半はドイツ語で書かれたものなので、ドイツ語のテキストを頻繁に参照する。ドイツ語の基本を知っていることが望まれるが、最近のオンラインの独英自動翻訳の精度は目を見張るものがあるので、英語ができれば「自分で読む」ことがほぼできるだろう。また、講義資料に引用するドイツ語の文章には極力英語訳をつけ、必要に応じて日本語訳もつけるが、自分自身でも読む様に努力して欲しい。 また、背景研究の説明に現れる、当時の数学以外の思想状況の歴史などについては特に予備知識は必要ない。「ヘーゲルという哲学者がいた」というような一般的な知識で十分である。ただ、これは数学の一部とも言えるが、Hilbert が中心的役割を果たした「数学基礎論論争」の知識があると理解し易いだろう。 数学史の知識としては、リーマン、デーデキントの数学について知っていれば理解が容易となる。また、カントル集合論とクロネッカについての通俗的歴史観を知っていれば通俗史観の誤謬を修正する機会になり、その修正を通して講義内容の理解が良く進むだろう。