芸術学の最も難しい現代的課題は、「芸術」と「美的なるもの」との関係を見直すことである。この二つの概念は、互いに交わりながら、「美的でない芸術」「芸術以外の美」の存在を許容する。「美的でない」の意味は多様だが、「知覚的でない」「実用的である」という要因を重視し、この二つに該当する芸術としてそれぞれ「コンセプチュアルアート」「ソーシャリーエンゲージドアート」を意識しつつ、主として分析哲学における洞察と方法に依拠して、芸術と非芸術の区別の規準を考える。
現在提唱されている「芸術の定義」は、主なものに絞っても軽く百種類を超える。それらを歴史的順序でなく論理関係の順に配列して、「学問の体系化」の典型例を提示する。一見して偏執的な分類図式が展開されることになるが、それによって、学問研究が芸術制作と似た物語行為に根差している事実(あるいは可能性)を確認しよう。
以上の諸課題を念頭に、芸術概念の定義がいかなる意味で重要であり、文化的価値全般の中に芸術を位置づけなおす。
第1回 「芸術の定義」という問題圏 概念を定義するとはどういうことか
第2回 「美」による芸術の定義その①・・・「美的」という【概念の意味の】拡張可能性
美的創造理論、虚構的美的性質理論など
第3回 「美」による芸術の定義その②・・・「美的」を帰属させる【方法の】再解釈
観念論的定義、高階戦略、ディスコミュニケーション説など
第4回 「美」によらない芸術の定義その①・・・手続き的本質主義の諸説
制度主義的定義、歴史主義的定義、様式理論など
第5回 「美」によらない芸術の定義その②・・・反本質主義の諸説
選言的定義、自然主義的定義など
第6回 芸術の「定義」を疑問視する諸説その①・・・芸術の実在論
クラスター説明、プロトタイプ説など
第7回 芸術の「定義」を疑問視する諸説その②・・・芸術の非実在論
責任転嫁理論、単称主義、錯誤理論など
第8回 芸術の「定義」を疑問視する諸説その③・・・非認知主義の諸説
規約主義、特定定義、社会彫刻論、〈開かれた概念〉説など
第9回 芸術の「定義」を疑問視する諸説その④・・・実在論への回帰
反理論、〈脱定義〉によるメタ定義、制度機能説など
第10回 芸術の「定義」へ回帰する諸説その①・・・美的概念への回帰
美的コミュニケーション説、汎機能主義など
第11回 芸術の「定義」へ回帰する諸説その②・・・
実験哲学的美学、意図主義的機能主義、命題態度説など
第12回 諸説の概観、前途瞥見
文化実践としての「芸術」を再考する
以上は大まかな流れの粗描であり、うち二回ほどを、学説の例示に役立つ視聴覚資料の映示などに費やす可能性がある。