行政学

国家は、我々の日常生活の隅々にまで浸透している。犯罪の取り締まりや年金の給付といった業務を担う中央省庁や地方自治体の行政活動が行われなければ、多くの人の暮らしは成り立たないだろう。その一方で、国家は薬害事件を引き起こし、必要のない道路を作り、原子力発電所のメルトダウンを防ぐことに失敗する。このため、我々の生活に欠かすことができない存在であるはずの国家は、同時に、常に批判の対象となってきた。

それでは、こうした国家の失敗は、なぜ生じるのか。近年まで、この問いに対する典型的な回答は、その原因を官僚制の権力に求める考え方であった。「政治主導」のスローガンの下、市民の代表者である政治家の権限を強化し、官僚制を統制できるようにすれば、より民主的で、効率的な行政活動が行われるようになると広く信じられていたのである。

だが、今般の新型コロナウイルスの流行をめぐる混乱の中で、政治家の権限を強化するだけでは国家権力を有効に行使することはできないことが明らかになり、こうした議論は大きく後景に退いた。それに代わって浮上したのは、いかにして感染状況に関する情報を収集し、それに対応する組織を整備し、組織を運営する人材を育成し、そのための財源を確保するかといった論点である。それは、官僚制の権力ではなく、国家の能力の問題であると言い換えてもよい。

行政学とは、まさにこの国家の能力を正面から扱う学問分野である。少なくとも19世紀後半以降、国家による行政活動の範囲は洋の東西を問わず持続的に拡大してきた。欧米諸国を中心とする民主主義体制の広がりに力点を置いた歴史観からすれば反直感的であるが、選挙で選ばれた政治家が統治する今日の国家は、将軍や皇帝といった世襲の君主が統治していた時代に比べて、遥かに大きな組織を持ち、市民生活に深く介入している。その意味で、今般のコロナ禍において、改めて国家の能力の強化に向けた動きが生じているのは、決して新しい現象ではない。

そうだとすれば、国家が権力を行使するということを、民主国家に暮らしているはずの人々が当たり前のように受け入れているのは、なぜなのか。それは、いつ頃から、どのような理由で生じた現象なのか。今日、国家権力が有効に行使されない理由があるとすれば、それは何か。この授業では行政という現象を長い歴史の中で捉えることを通じて、国家権力に対する理解を深めることを目指したい。