革命や戦争といった国家規模の社会的出来事は、往々にして国民や民衆の名のもとに行われますが、他方で、国民、民衆といったものは最初から自明のものとして存在する単位ではなく、政治的・文化的権力によって一定のまとまりとして構成されたうえで、自らのアイデンティティを獲得していくものです。
こうした相互作用のなかで生じる主体の登場を考えるため、本演習では、ロシアを代表する文化史家アレクサンドル・エトキントの代表作『鞭身派:セクト・文化・革命』(1998)を読み、「民衆(ナロード)」概念が、ロシア文化のなかでいかに形成されてきたかを追っていきます。エトキントによれば、ナロードは、ロシア国家による自国植民地化の対象として、公的な文化圏から排除されつつ構成されました。このように抑圧的に形成されたナロードは、たとえば宗教セクトなど、一般公共圏の文化とは異なる独自の文化を発達させていきます。翻ってロシアの知識人エリートたちは、そうした「他者」としてのナロードを神秘化し、そこにロシア・ナショナリズムの文化的資源、さらには革命の原動力を認めました。このように、ナロードの創造に知識人の文化が大きな責任をもっているという問題意識をもちつつ、エトキントの議論を追っていきたいと思います。