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最終更新日:2024年4月1日

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当事者研究特論

1.各々の研究分野で様々な当事者と共同創造を実践できるようになる
2.多様なメンバーのウェルビーイングとチームのパフォーマンスを両立する研究室運営に貢献できるようになる
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時間割/共通科目コード
コース名
教員
学期
時限
3788-077
GEN-AI6s07L2
当事者研究特論
熊谷 晋一郎
A1 A2
火曜4限
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講義使用言語
日本語、日本語/日本手話
単位
1
実務経験のある教員による授業科目
YES
他学部履修
開講所属
工学系研究科
授業計画
【アウトライン】 2つの目的のそれぞれについて、アウトラインを述べる。 1.各々の研究分野で様々な当事者と共同創造を実践できるようになる  専門的な知識や技術は、様々な困難を抱える人々(当事者)の生活を豊かに実現する大きな可能性を持っている。一方で、専門家が目指すものと、当事者が望むものが時にすれ違うことがある。例えば〈身体障害〉の世界では1970年代まで、専門家は健常者の体に近づけることを目指していたが、身体障害者たちは「障害者運動」を展開し、建物や道具、制度などの社会環境をアクセス可能にすることを望んだ(Dejong, 1979)。また〈精神障害〉の領域では1970年代まで、専門家は閉鎖的な病院の中で幻覚や妄想といった症状を取り除くことを目指して多量の薬物を処方したが、精神障害者たちは「リカバリー運動」を展開し、仮に症状が治まらなくても地域社会に出て、人々と関わりをもち未来に希望をもって責任ある人間らしい暮らしを営むことを望んだ(Leamy et al., 2011)。さらに〈自閉スペクトラム症〉の領域では1990年代まで、多数派のコミュニケーション様式に添わせる支援や治療が興隆したが、自閉スペクトラム症者たちは「神経多様性運動」を展開し、自分たちにとって快適なコミュニケーション様式(autistic sociality)を望んだ(Bagatell, 2010)。〈依存症〉の世界でも、薬物やアルコールをただやめさせることを目指す専門家に対し、依存症者は「自助グループ」を生み出し、使ってしまう背景にある自分の癖や傷つきを語り合うことが回復につながることを見出した(Kelly et al., 2020)。  このように、専門家が主導して当事者のための財・サービス・知識を生み出す研究は、当事者の求める価値や目的とは異なる方向に進む場合がある。ゆえに、当事者の価値観に基づき、当事者参画のもとで科学技術が推進されるべきとの問題意識が、「研究の共同創造」(co-production of research)というキーワードとともに世界中で共有されつつある。研究の共同創造とは、研究の利害関係者(stakes holders)である市民や当事者が、研究費の配分、仮説の提示、実験、分析、結果の解釈と公開など、研究のすべての段階をリードし、専門家とともに科学技術を推進する取り組みのことで、2018年10月に雑誌Natureで特集が組まれるなど、国際的にも重要なトピックとなりつつある。   研究の共同創造の意義を疑う人々は少なくなった。しかし、その実現方法については議論が続いている。例えば共同創造を謳った研究プロジェクトの議事録を分析した研究によると、当事者の参画が形式的かつ象徴的なものに留まっているという報告がなされている(Horrocks et al., 2010)。その原因として、多くの当事者は多数派の価値観に適応努力を強いられ続けているために、自らが持つ潜在的なニーズを意識化・言語化しにくいことや、当事者も既存の専門家も「無知の知」に基づく共同的な探究作業に慣れ親しんでいないことなどが考えられる。したがって共同創造を推進するためには、「当事者同士で、潜在的に感じている困難を言語化し、顕在化することのできる場」や、「無知の知に基づく共同的な探究作業をおこなう当事者と専門家のコミュニティ」の存在が重要になってくる。しかし世界的に、こうした条件を満たす取組はほとんど存在していないのが現状である。  こうした場やコミュニティの候補として国際的に注目されつつあるのが、2001年に日本で誕生し、瞬く間に広がりを見せている当事者研究という実践である。当事者研究とは、「障害、依存症、貧困、被災、子育て、介護など、様々な困難を抱えた当事者が、自らの困難の解釈や対処を専門家に丸投げするのではなく、自ら引き受けるべき研究対象として捉えなおし、類似した困難を持つ仲間とともに、経験を言語化し、困難の解釈や対処法を探求する取り組み」である。  この授業では、大学院生が、多様な当事者の経験や価値観を深く知り、専門性を適切に活用しながら当事者との共同を通じて問題解決に当たれる研究者となるために、当事者研究の歴史、方法、実例を学ぶ。 2.多様なメンバーのウェルビーイングとチームのパフォーマンスを両立する研究室運営に貢献できるようになる  組織研究(organizational sciences)の知見によると、多様な構成員が高いウェルビーイングとエンゲージメントを維持しながら、それぞれの可能性を発揮でき、全体のパフォーマンスを高める上で、組織文化が重要な役割を果たしている。最近の研究では、1) 「他者との関わりを通じて正確な自己理解を探究する」「他者の能力や貢献を承認する」「知らないことを他者から学ぼうとし続ける」という特徴で評価される謙虚なリーダーシップ(humble leadership)がメンバーの創造性(creativity)を促進すること、そして、2) その促進効果は、「弱さや限界、困難を安全に開示でき、援助希求できる」「失敗を過度に罰せられず、挑戦をしやすい」等で特徴づけられるチームの心理的安全性(psychological safety)によって媒介されること、さらに、3) その媒介効果は、メンバーが互いの知識を共有する度合い(knowledge sharing)によって修飾されることが報告されている(Wang et al., 2018)。  当事者研究という実践は、先述した研究の共同創造のみならず、多様な人々が各々の個性を発揮し、弱さを支え合う組織文化を実現する方法としても注目されている。もともと当事者研究は、北海道浦河町にある精神障害者らの地域生活拠点である「浦河べてるの家」で、重度精神障害者の就労や起業などを進める中で、新しい支援技法として編み出されてきた(熊谷, 2017; 2018)。国内外から毎年2500人以上の研究者・見学者が訪れ、「精神病で町おこし」をキャッチフレーズに年商1億円近い売り上げを出してきた浦河べてるの家は、厚生労働省および国立精神・神経センターから、日本の精神保健におけるベストプラクティスのひとつに選ばれており、他の障害と比較して雇用が進まない精神障害者の生活支援・就労支援における有力なモデルの一つとみなされている。  先述の組織研究の知見とも重なるが、当事者研究では「経験は宝」というスローガンのもと、積極的に症状や苦労、失敗談といった「弱さ」を情報公開し、誰もが絶対的な正解を持っていないという謙虚さに基づいて、苦労のメカニズムや対処法をグループ全体で研究し、その過程や結果を共有する。弱さや失敗は責められるべきものではなく、グループ全体に新しい知識をもたらす貴重な研究資源と位置付けられ、心理的安全性の向上につながることが示されている。また、研究を通じて新たに得られた知識がグループの中に蓄積されていくことで、知識の共有が可能になる。  このように、組織研究と当事者研究は、対象とする人々や歴史的背景は異なるものの、リーダーの謙虚さ、心理的安全性、知識の共有が、人々の創造性や組織の力を高めるという認識を共有している。実際、最近では、より一層のダイバーシティ&インクルージョンを求められつつある企業の一部に、当事者研究が注目され始めてもいる。こうした知見は、職場の一つである大学の研究室にも応用できるだろう。2019年に英国で、第1回International Conference on the Mental Health & Wellbeing of Postgraduate Researchersが開催されるなど、大学院生やポスドクのウェルビーイングの低さは、世界的なトピックになりつつある。自分の困難を、類似した困難を持つ仲間と研究的に扱うことでウェルビーイング向上をもたらす当事者研究は、大学院生同士の自助の方法としても有効だと考えられる。  この授業では、当事者研究という方法を大学院生に習得することで、研究生活の中で自分のウェルビーイングを維持しながら、多様なメンバーが助け合ってパフォーマンスを発揮する研究室運営に貢献できるようになることを目指す。 【キーワード】 依存症自助グループ、12ステップ、難病患者運動、自立生活運動、リカバリー運動、神経多様性運動、ハームリダクション、当事者研究、社会モデル、自伝的記憶、自己感、パーソナルリカバリー、自閉的社会性、普及と実装の科学、共同創造、トラウマ・インフォームド・ケア、組織変革、謙虚さ、心理的安全性 【スケジュール】  前半60分は講義、後半45分はワークを行う予定(8回目のみ前半がワーク、後半が講義)。 第I期:イントロダクションとアイスブレイク 1.[前半] 講義:当事者活動の系譜としての当事者研究の歴史と大学での応用   [後半] ワーク:「無力を認める」 2.[前半] 講義:共同創造の概要   [後半] ワーク:「過剰な無力化」 第II期:院生・研究者の当事者研究 3.[前半] 講義:過剰一般化記憶とトラウマ   [後半] ワーク:「(1)苦労のテーマ」「(2)苦労のエピソード」 4.[前半] 講義:身体的自己感と自閉スペクトラム症の当事者研究   [後半] ワーク:「(3)苦労のパターン」 5.[前半] 講義:自伝的記憶の機能と依存症自助グループの歴史   [後半] ワーク:「(4)苦労の年表」 6.[前半] 講義:障害の社会モデルと身体障害運動の歴史   [後半] ワーク:「(5)個人的要因/社会的要因」 7.[前半] 講義:心理的安全性と依存症の当事者研究   [後半] ワーク:「(6)仲間のコメント」「(7)実験計画」 8.[前半] ワーク:「(8)実験結果」   [後半] 講義:共同創造のポイント 第III期:研究計画書の共同創造 9.[前半] 講義:情報保障・言語発達保障の当事者研究   [後半] ワーク:研究計画書の発表と当事者研究者からの講評1 10.[前半] 講義:働きやすい職場についての当事者研究   [後半] ワーク:研究計画書の発表と当事者研究者からの講評2 11.[前半] 講義:女子刑務所からの地域移行に関する当事者研究   [後半] ワーク:修正後の研究計画書の発表    第IV期:院生・研究者の困り事を起点とした組織研究 12.[前半] 講義:インクルーシブな研究室の物理的環境   [後半] ワーク:大学院生としての困りごとの当事者研究(KJ法・テーマ研究) 13.[前半] 講義:インクルーシブな研究室の社会文化的環境   [後半] ワーク:実験計画書の発表とファカルティからの講評 14.[前半] 講義:高信頼組織研究:謙虚さ・心理的安全性・ジャストカルチャー   [後半] ワーク:修正後の実験計画書の発表 第V期:組織変革 15.ファカルティへの発表会
授業の方法
【参考資料】 1.当事者研究の歴史と理念 [番組] 熊谷晋一郎. (2019). 当事者研究から見える社会. NHK「視点・論点」. http://www.nhk.or.jp/***** 熊谷晋一郎(編). (2017). 臨床心理学増刊号第9号: みんなの当事者研究. 東京: 金剛出版. 綾屋紗月. (2019). 当事者研究が受け継ぐべき歴史と理念. 熊谷晋一郎(編), 当事者研究をはじめよう, pp.6-13. 東京: 金剛出版. 綾屋紗月. (2019). 当事者研究に流れる当事者活動の系譜. 松本卓也・武本一美(編), メンタルヘルス時代の精神医学2, 印刷中, 京都: ミネルヴァ書房. 2.当事者研究の理論 [講演] 熊谷晋一郎. (2017). 「わたし」と「リカバリー」. soar conference 2017, Nagatacho GRID, 東京都千代田区. http://soar-world.com/***** [講演] 熊谷晋一郎. (2019). 第1回「障害のない社会」に向けた現在地と課題、そして. LITALICO OPEN LAB, 中目黒GTタワー16F株式会社LITALICO本社セミナールーム, 東京都目黒区. https://note.com/***** [講演] 熊谷晋一郎. (2018). 「自立」とは、社会の中に「依存」先を増やすこと ――逆説から生まれた「当事者研究」が導くダイバーシティーの未来 https://www.mugendai-web.jp/***** 熊谷晋一郎. (2014). 当事者研究の理論・方法・意義. 障害学研究, 10, 63-74. 3.当事者研究の方法 綾屋紗月. (2019). 当事者研究を体験しよう!――ワークシートを用いた実践. 熊谷晋一郎(編), 当事者研究をはじめよう, pp.88-105. 東京: 金剛出版. 綾屋紗月・上岡陽江・廣川麻子・松﨑丈. (2019). 情報保障の普遍化―クロスディスアビリティのために.熊谷晋一郎(編), 当事者研究をはじめよう, pp.58-79. 東京: 金剛出版. 綾屋紗月. (2017). 当事者研究をはじめよう!:当事者研究のやり方研究. 熊谷晋一郎(編), 臨床心理学増刊号第9号: みんなの当事者研究, 74-99, 東京: 金剛出版. 熊谷晋一郎. (2017). 自閉スペクトラム症の社会モデル的な支援に向けた情報保障のデザイン:当事者研究の視点から. 保健医療科学, 66(5), 532-544.(特にII.対象と方法) https://www.niph.go.jp/***** 綾屋紗月・熊谷晋一郎. (2010). つながりの作法―同じでもなく、ちがうでもなく. 東京: NHK出版. 4.当事者研究の具体例 (1)自閉スペクトラム症の当事者研究 [動画]Doing research on myself as a researcher and a person with ASD | Satsuki Ayaya | ***** https://www.youtube.com/***** 綾屋紗月・熊谷晋一郎. (2008). 発達障害当事者研究――ゆっくりていねいにつながりたい. 東京: 医学書院. 綾屋紗月(編著). (2018). ソーシャル・マジョリティ研究:コミュニケーション学の共同創造.東京: 金子書房. 綾屋紗月. (2016). 発達障害者の当事者研究. 石原孝二・河野哲也・向谷地生良(編著). シリーズ精神医学の哲学3: 精神医学と当事者, pp.206-224, 東京: 東京大学出版会. 綾屋紗月. (2013). アフォーダンスの配置によって支えられる自己――ある自閉症スペクトラム当事者の視点より. 河野哲也(編). 知の生態学的転回3 倫理: 人類のアフォーダンス, pp. 155-180, 東京: 東京大学出版会. 綾屋紗月. (2013). 当事者研究と自己感. 石原孝二(編). 当事者研究の研究, pp.177-216, 東京: 医学書院. (2)痛みの当事者研究 熊谷晋一郎・大澤真幸・上野千鶴子・鷲田清一・信田さよ子. (2013). ひとりで苦しまないための「痛みの哲学」. 東京: 青土社. 熊谷晋一郎. (2013). 痛みからはじめる当事者研究. 石原孝二(編), 当事者研究の研究, 217-270, 東京: 医学書院 熊谷晋一郎,・五十公野理恵子・秋元恵一郎・上岡陽江. (2016). 痛みと孤立:薬物依存症と慢性疼痛の当事者研究. 石原孝二・河野哲也・向谷地生良(編), シリーズ精神医学の哲学3「精神医学と当事者」, 225-251, 東京: 東京大学出版会. (3)依存症の当事者研究 上岡陽江・大嶋栄子. (2010). その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち. 東京: 医学書院. ダルク女性ハウス. (2009). Don't you? ――私もだよ からだのことを話してみました.東京: ダルク女性ハウス. 上岡陽江・ダルク女性ハウス. (2012). 生き延びるための犯罪. 東京: イースト・プレス. ダルク女性ハウス. (2018). 子育てサポートBOOK――子どもといっしょに暮らすために.東京: ダルク女性ハウス. 熊谷晋一郎・上岡陽江. (2019). ひとりでがんばってしまうあなたのたのめの子育ての本――「ダルク女性ハウス」から学ぶこと・気づくこと. 東京都: ジャパンマシニスト社. (4)精神障害の当事者研究 浦河べてるの家. (2002). べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章. 東京: 医学書院. 浦河べてるの家. (2005). べてるの家の「当事者研究」. 東京: 医学書院. 向谷地生良・浦河べてるの家. (2018). 新・安心して絶望できる人生 「当事者研究」という世界. 北海道: 一麦出版社. 浦河べてるの家・向谷地生良. (2010). べてるの家の恋愛大研究. 東京: 大月書店. (5)職場の当事者研究 [対談] 熊谷晋一郎・青野慶久. (2019). 「誰のせいにもしない」文化が、組織の多様化と問題解決を進めていく. サイボウズ式. https://cybozushiki.cybozu.co.jp/***** 5.共同創造 熊谷晋一郎(編). (2018). 臨床心理学増刊号第10号: 当事者研究と専門知. 東京: 金剛出版. 熊谷晋一郎(編). (2017). 臨床心理学増刊号第9号: みんなの当事者研究. 東京: 金剛出版.
成績評価方法
提出物:70% ・授業で作成した当事者研究ワークシート(30%) ・授業で作成した研究計画書(20%) ・授業で作成した実験計画書(20%) 平常点:30 % ・ワークへの参加態度(15%)   採点基準:集中して真面目に取り組む姿勢 ・毎回のコメントペーパーの内容(15%) 採点基準:学んだことや問いに応じた考察が記述されていること
教科書
熊谷晋一郎(編). (2017). 臨床心理学増刊号第9号: みんなの当事者研究. 東京: 金剛出版.
参考書
熊谷晋一郎(編). (2019). 臨床心理学増刊号第11号: 当事者研究をはじめよう. 東京: 金剛出版.
履修上の注意
実践力をつける
その他
前提となる知識と項目:とくに予備知識は必要としない 応用先_分野と項目: どのような研究分野に進むにしても、多様な当事者や市民と謙虚に対話し、専門性を適切に活用しながら当事者との共同を通じて問題解決に当たれるようになる。また、当事者研究という方法を習得することで、長い研究キャリアの中で自分のウェルビーイングを維持しつつも、多様なメンバーを包摂し高いパフォーマンスを発揮する研究室運営に貢献できるようになる。
実務経験と授業科目の関連性
責任教員は2017年度からバリアフリー支援室長を務めており、障害のある学生・教職員の支援を行っている。この授業は、障害を中心とした多様性を持つ人々と、共同研究者、または同僚として、互いの固有性を尊重しつつ創造的な研究を行うことを学ぶ。