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最終更新日:2024年3月15日

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アジア社会文化論b

「県域」の中国──都市=農村関係と人的環流
 どの社会にもその内部を分断する基本的な「社会的亀裂」がある。亀裂のあり方を研究することは、その社会を総体として理解するための早道でもある。この意味で、中国社会を理解するためには、都市=農村というトピックがどうしても避けて通れない。
 周知のように、中国国内では「都市=農村二元構造」(城乡二元结构)は、学術界のみならず、政府の政策立案者や一般社会においても問題視され、常に熱い議論の対象となってきた。ここでいう「二元構造」とは、1960-70年代に中国政府の政策により形成された社会の特徴のことである。この間、政府は都市社会と農村社会を戸籍制度や配給制度で分断したうえで、都市部は「単位」、農村部は「人民公社」という異なるシステムにより統治した。この結果、都市市民と農民とは全く異なる二つの世界に生きるようになってしまった 。こうした構造は、21世紀の現在にまで尾を引いているとみられ、「三農」(農業・農村・農民)問題の解決を最重要課題として掲げる現在の政府によって、今度は「都市=農村発展の一体化」(城乡发展一体化)による都市化政策が展開されるに至っている。そうした中で、現代中国の都市と農村については、これまで多くの研究がなされてきた。しかし、我々の見るところ、中国の都市=農村関係をめぐる既往研究には、大きく三つの問題点が存在している。
 第一に、これまでの都市=農村関係の捉え方は概して二元的・固定的・静態的かつ非歴史的である。「二元構造」は毛沢東時代に人為的に作り上げられたものである。にもかかわらず、①それより以前はどのような都市=農村関係がみられたのか、あるいは、②現在に至ってもその関係が変化していないように見えるのは何故なのか、などの問いが発せられることはあまりない。「二元構造」が形成され、変遷してきた動態的・歴史的な側面にたいする留意がなければ、それは非歴史的な、自明な「構造」となってしまう。いつの時代でも、ひいてはどの社会でも存在するものと考えられてしまう。
第二に、ほとんどの既往研究においては、研究対象の「都市」の範疇のなかに、実際は大多数を占める「県城」が含まれていないことである。まず一方で、上海、北京、天津などの大都市と農村の関係が過度にスポットを浴びており、他方では、かつて費孝通の提唱した「小城鎮」建設への過度の注目がある[たとえば小島麗逸編『中国の都市化と農村建設』(1978),J. Brown, City versus Countryside in Mao's China (2012),M. K. Whyte ed., One Country, Two Societies (2010)]。大都市・小城鎮はもちろん都市=農村関係の重要な一部ではあるが、そのすべてではなく、現在の研究状況はアンバランスであると言わざるを得ない。中国の都市=農村関係の分析において中間レベルの「県」にフォーカスすることがとりわけ重要である理由は三つある。即ち、①県の数は長期にわたり、全国で1500~2000ほどの水準で推移しており、一部の県は秦の始皇帝による郡県制の施行以来の長い歴史をもつことから、中国の各レベル地域社会の中では最も「安定した」単位であるという独自性、②県の領域は中国の国土面積の94%、人口の70%を占めるという量的な比重の大きさ、さらに、③県はその内部に都市=農村関係を含む最もコンパクトな地域社会であり、県域社会を観察することは中国の都市=農村関係の分析につながるという、サンプルとしての操作性の高さである。
 実のところ、「県」に関する研究も近年、とみに盛んになってきている。しかし全体としてみれば、それらは特に「県級政治」と「県域経済」に偏る傾向がみられ、都市=農村関係を内包した「県域社会」として捉える視点が弱い。まず「県級政治」については、県政府の組織の実態を詳述したY. Zhong, Local Government and Politics in China (2003)や周慶智『中国県級行政結構及其運行』(2004)、また県級幹部の間の日常的な「関係」の作用に着眼した樊紅敏『県域政治』(2008)、さらに県級幹部の人事プロセスを克明に記した馮軍旗『中県幹部』(2010)などがあり、県政治の内部を知る上では有用だが、県政治と県内農村とのリンクについて筆が及ぶところが少ない。他方、「県域経済」に関する領域では、改革後の県政府の経済発展戦略を扱ったBlecher, Marc and Vivienne Shue, Tethered Deer (1996)、現職の県リーダーによる王立勝『農村研究的中度視野』(2011)ほか、農村経済発展政策の観点から「県域経済」の語を冠した研究は多いが、「県域」を都市=農村としてではなく、全体的な発展の対象として平板に描く傾向は否めない。
 第三の問題は、大部分の論者が、都市=農村関係や「二元構造」の問題をほとんど「経済格差」の問題として捉え、農村住民の収入向上や農村の経済発展を実現しさえすればすべては解決する、と考えている点である。それはあたかも、都市崇拝・農村蔑視に絡む文化心理から目をそらすために、あえて経済格差の一点に問題を収斂させようとしているかのようでもある 。この授業で目指したいのは、論文や政策文書には滅多に現れないが、人々の意識の奥底に埋め込まれた都市=農村間の文化心理的な分断を問い直すことである。それは、中国の社会的コンテキストにおいて自明の前提とされており、誰も学問的な分析の俎上に載せようとしないものに、あえてメスを入れることでもある。中国の都市市民の農民に対する優越感や蔑視、あるいは農村住民の自己卑下はいつから、どのように形成されたのか。ひるがえって農村住民が今後、一定の誇りと尊厳を持ちながら暮らしていくためには、何が必要か。これらを探るうえでは、単なる経済格差の次元を超えて、都市=農村の文化的な関係性に着眼することが必要である。
以上の研究状況を踏まえ、この授業では前近代から現在にいたる中国の都市=農村関係に関わる様々なトピックを紹介しながら、それらを以下のような独自の視点から分析していく。

①都市=農村間を固定したものとしてでなく、歴史的・動態的に位置付ける。都市化過程を都市への移住(migration)として単線的に捉えるのでなく、「人的環流」(circulation)の観点から捉える。
②市=農村間の経済格差よりもむしろ両者間に存在する「文化心理構造」の形成過程に着眼する。そのために、農村を描いた小説なども題材として取り上げる。
③都市=農村関係を可視化するうえで、とりわけ中国の「県域社会」に着眼する。
④中国の都市=農村関係の普遍性と特殊性を意識するために、日本、ロシア、インドなどとの比較を意識する。
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時間割/共通科目コード
コース名
教員
学期
時限
08C2853B
FAS-CA4Q04L1
アジア社会文化論b
田原 史起
A2
金曜2限
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講義使用言語
日本語
単位
1
実務経験のある教員による授業科目
NO
他学部履修
開講所属
教養学部
授業計画
第1回 県域から都市=農村関係を考える 第2回 前近代─県域社会の形成 第3回 近代の県域社会 第4回 中国革命と県域社会 第5回 反都市化政策の時代 第6回 交叉地帯を生きた人々 第7回 交叉地帯をめぐる文化心理 第8回 大学生村官 第9回 都市化政策(1)─中央政府のシナリオ 第10回 都市化政策(2)─県政府のインセンティブ 第11回 都市化政策(3)─農民のロジック 第12回 都市化政策(4)─県域の文化現象 第13回 二元構造の無い社会
授業の方法
主として講義形式による。
成績評価方法
毎回のリアクション・ペーパーと期末レポート課題による。
教科書
特に指定しない。
参考書
その都度指定するが、授業担当者の関連論文は以下の通り(全てresearch mapからダウンロード可) 田原史起(2011)「コミュニティの人的環流―中国都市近郊農村の分析」三谷孝編著『中国内陸における農村変革と地域社会―山西省臨汾市近郊農村の変容』御茶の水書房。 田原史起(2015)「中国の都市化政策と県域社会─『多極集中』への道程」『ODYSSEUS 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻紀要』19, pp. 29-48。 田原史起(2019)「都市=農村間の人的環流─中露比較の試み」『ODYSSEUS 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻紀要』23, pp. 65-91。 田原史起(2020)「都市化政策と農民─『県域社会』の視点から」伊藤亜聖編『現代中国ゼミナール』東京大学出版会。
履修上の注意
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