日時:8月1,2,3日、10:00-16:00
場所:工学部2号館233講義室
トライボロジーにおける CAE を用いたシステム設計は,現在においてもマクロスケールからのアプローチが大半であり,分子レベルからの取り組みは少ない.これは,通常の分子レベルからの材料開発では,弾性率や融点といった静的な物理量と関連する構造,特定の化学反応を追跡するのに対して,摩擦係数は動的な物理量であること,原子レベルから部品サイズまでのマルチスケール性を有する現象であること,摩耗といった不可逆過程を含むことによりトライボプロセスの全体像を捉えることが困難であったためである.
機能性の摺動面の創生を目指して,境界潤滑,流体潤滑のそれぞれにおける材料シミュレーション技術を俯瞰すると,分子軌道法や密度汎関数法などの静的な量子力学計算,第一原理分子動力学,全原子分子動力学といった手法が階層ごとに提案されており,原子レベルまでの基本的な手法は一応入手可能である.問題はこれよりマクロな領域であり,有限要素法を代表とする巨視的な連続体シミュレーションとの間にデファクト・スタンダードとなる手法が見当たらない.
本講義では,このような現象に対する適切なモデリング,とくに分子集団以上のスケールにおける粗視化に関して,現象の主要な要素を的確に取捨選択して計算することを紹介する.
たとえば,グラファイトや二硫化モリブデンのような層状化合物は低摩擦物質として知られており,これらでコーティングした面と,相手材に移着した断片との間で摩擦現象が生じることはわかっていたが,その詳細機構は不明であった.我々は,移着片の 1 層 (数万原子からなる) を 1 粒子として見なす粗視化モデリング手法を提案し,熱回避運動に基づく超低摩擦機構を明らかにした.また,軟骨を模した高分子電解質ブラシ系をモデル化するために,イオンの溶媒和を扱う粗視化分子モデルや,高分子セグメントをブラウン動力学により扱い溶媒の流れを格子ボルツマン法により連続体として扱うハイブリッド手法を提案している.
講義の前半では,機能性界面を支配する 3 つの相互作用 (van der Waals, 水素結合,長距離 Coulomb) の特徴を紹介し,基本的な分子シミュレーション手法について概観する.後半に,上記の例を含むトライボロジーの研究および,工業的に重要な電池系や生体系の研究事例も紹介し,広範な興味に対応したい.